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2002年6月 第23話  そば汁の哲学

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「醤油が入っていて入っていると解かっちゃいけない。」
「だしが効いていて効いていると解かっちゃいけない。」
「味醂が入っていてその香りがしちゃいけない。」
「どれが勝っても、どれが負けてもいけない。」
まるで禅問答のような話が、更科一門に伝わる「蕎麦つゆの口伝」である。
この曖昧模糊とした話が,どのような蕎麦つゆを作るかという信条・哲学とも言える。

面白いことに数ある老舗において、表現の違いはあるものの内容は同じという話を有楽町更科の藤村氏よりお聞きした。 氏の著書から引用すると既に故人となられた業界の長老達は蕎麦つゆは如何に在るべきかについてこう語っている。

更科の口伝は

「汁の味はそばを生かしも殺しもするが、嗜好を別にすれば味醂を十分に使うが臭みが無く、重厚なものがいい。 重いと言うのは食後何となく満足した感じで、鰹節や醤油のいいものを使った証拠です。」


並木藪蕎麦 堀田勝三氏は
「理想的な蕎麦つゆは、汁だけ飲んで相当美味しいもので、
食べ終わってのこりの汁が水っぽくならず、湯桶をさして飲んで美味しくなくてはいけない。」


蓮玉庵 沢島健太郎氏は沢島健太郎氏は
「うまいコーヒーはミルクを入れても薄くならずコクのある物、蕎麦つゆも同じで、そば湯で薄めても美味しい、これがいい汁である。始め美味くとも終わり近くになると水っぽくなるのが世間一般。 最後まで同じ味で、湯桶で飲んで美味かったというのが最高。」
と、異口同音と言うが如く全く同じ内容を語っている。

作り方についても、
堀田老は「つゆは節、醤油、砂糖、味醂の混合であるから、その分量が難しい。出来た汁が何と何の混合と解るようでは本物でない。この味を何で作ったかと考えさせるように作るのが極意といえる。」

沢島氏は「理想としては醤油が入っていて塩辛さを感じさせず、味醂が入っていて甘ったるさが無く、隠し味の効用を発揮させ、鰹節の臭いも感じさせない三位一体となった良い汁を作ることが肝要。」
と、これまた冒頭に書いた更科の口伝と同じ事を述べている。

驚くことに、これは技術交流など考えられない時代の話。であれば、三系統の老舗が同じ蕎麦つゆの味になると考えるのが道理だが、これが全く違う。 醤油とだしの混合比率、味醂、砂糖、鰹節のつめ時間、全て違うにも関わらず「目標は1つ」となる。

正にこれが「蕎麦つゆの哲学」「蕎麦つゆの真理」であろうと思われます。
蛇足ながら、作り方の違いはそれぞれの店の蕎麦に合わせると言う、店主の信念の問題であります。