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2002年7月 第24話  そば汁の味の決め方

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前号(23号)で「蕎麦つゆの哲学」と題し、蕎麦つゆが如何にあるべきか、どのような考えで作られるかをお話しました。 不思議な事に違う「のれん」にもかかわらず、その目標は1つでありました。
しかしながら、作られた味がことごとく違うのはなぜなのでしょうか。

そば店の柱は言うまでもなく「蕎麦と汁」の二本です。その調和が最も大切なそば店の命題です。
つまり自分の店の蕎麦に最も調和した汁を作るために各店の味が異なる訳で、 今回はその味の決め方についてお話します。

私ども「更科」の1番の売り物は白い細打ちの「御前更科そば」です。

ソバの実の芯の部分の白い粉を使うこの蕎麦は、香りは薄く口当たりの良さを求める為、とにかく「蕎麦の邪魔にならない汁」が必要になります。そうは言っても水っぽい味の薄い汁ではいけません。濃厚でありながらそばの味、香りを消さないように,醤油の香り、だしの臭い、味醂のアルコール臭を限界まで押さえた汁を作ります。 醤油は「本返し」という火を入れ、香りを飛ばした物をよく寝かせて使いますし、だしもあっさりしているが舌に重く感じ、醤油をたくさん溶かし込んで甘くする効力を持つ,丸みをもっただし汁を、厚削りの鰹節を長時間煮詰めて作ります。


「藪そば」系のおそばは「挽きぐるみ」を理想とします。
濃い色のそばを生粉の細打ちで出すため、のび易くなるので一刻も早く出す為に水に濡れたままとなります。そばの香りを楽しむお蕎麦ですから、汁は下の方に少しだけしか付けません。
それ故、汁はきわめて濃厚でそばにからむものとなります。だしは更科と同じ考えで厚削りを使用しますが、 醤油は「汁にちょっとつけて食べる蕎麦」に合わせて冷たい辛さを表現できる「生返し」(火をいれない醤油)を使います。


全豪で登場した「蓮玉庵」さんの売り物は「太打ち」です。それもかなりごついもの。
自然に水は切れますので、当たりはあまり強くないが少ししつこい汁が蓮玉庵さんの味となります。
だしは、薄削りの鰹節を煮詰めてとります。このだしは味がかなりしつこく、醤油の香りを消す力があるばかりでなく量もたくさん混ぜ込むことが出来ます。そばも汁も丈夫な味が際だった特徴と言えます。
 蓮玉庵のご主人がある本で、
「材料の配合の差が汁の味を違え、その味によって好む客層を得る。それでお互いの営業が成り立つ。」と話されておられますが、「蕎麦つゆ」にもこれだけ多くの背景があることを少しでも知って頂ければ望外の喜びです。 食べる素材であるそばの味を生かすための汁づくりが、老舗には存在するように思われます。