2001年10月 第15話 手打ちの定義と美味しいお蕎麦
「手打ち蕎麦 下女前掛けを借りられる」
この江戸川柳からも解るように「手打ち」なる言葉は江戸時代からの物であります。
この時代には機械は無かったのであるから「機械打ち」に対応するために出てきた言葉ではありません。では何に対応してできた言葉かというと、安値の「二八そば」と差を付けるために生まれた言葉のようで、その意味するものは「足で踏むような多量を一度に作らず丁寧な仕事を致します」と言うキャッチコピーであったとのことです。
では、「手打ち」だからおいしのでしょうか?これは不正解です。
昔からの有名店で、手打ちを看板にしている店は一軒もありません。
手打ちが流行し出したのは30年ほど前からで、手打ちを専業に始めたのはその頃からなのです。機械文明の発達は、それまで手でやっていた仕事の原理を機械に置き代え、未熟練者にも標準以上の製品を作ることができるようにする結果を生み出しました。これは大変合理的なことでありますが技術の奥行きとはそれ以上のもので、機械が代われるところと代われない所が出て来ました。
蕎麦打ちは、蕎麦粉と小麦粉と水を混ぜ合わせ、捏ね上げ、それを板状に延ばし切ると言った工程ですが、この中でおいしい・まずいに関して「手」と「機械」の差がはっきり出る所とそれ程差が出ないところがあるのです。見た目には派手な、包丁による「切り」のし棒による「延ばし」は機械で効率よく、しかも早く、多量にできます。しかし、地味で時間のかかる木鉢を使った水廻しの技術はミキサーと手では歴然とした味の差が生まれます。
この部分だけは古来より「手」が大原則になります。
老舗・有名店を見てみますと「混ぜ・捏ね」は昔ながらの「手」による木鉢で、「延ばし・切り」は機械で行っているところがほとんどです。勿論これを全て手作業にしたらもっとおいしくなるかもしれませんが、販売量と人手の関係でこうなっているのが現状で、合理的に蕎麦打ちの勘所をしっかり押さえていると言えます。
言葉を換えて表現すれば木鉢の技術がしっかりしていればいつでも「手打ち」が可能なのが蕎麦打ちであります。
最後になりましたが「おいしいお蕎麦」の三大原則は
(1)良質な蕎麦粉選びと目指す蕎麦に合った挽き方
(2)丁寧な水廻しの技術
(3)しっかりした釜前(蕎麦を茹でる職人)の腕 と私は考えます。