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2001年12月 第17話  蕎麦屋の天ぷら

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蕎麦店の天ぷらと言えば「海老の天ぷら」が代表格で、江戸以来東京湾の芝エビが天種とされていましたが、今は主として車エビが用いられます。 芝エビが獲れなくなったのと輸入の車エビが出回るようになったことがその理由です。

更科一門では戦前、伊勢エビも使っておりましたが、 何と言ってもお値段が上がりすぎて、今はちょっと無理のようです。 揚げ方も、現在は1本ずつ花を咲かせてあげる棒揚げが主流ですが、 戦前までは、芝エビのつまみ上げ(何本かをまとめて、海老のイカダのように四角く揚げる方法)か、かき揚げでした。
つまみ揚げは、一般には2,3本でしたが腕を競って4本、5本と技術比べが盛んだった時代もありました。
江戸の4大料理は「蕎麦」「寿司」「天麩羅」「鰻」と言われますが、この天ぷら、蕎麦屋と天麩羅屋では大きく違います。「蕎麦屋の天ぷら谷中の質屋」等とからかわれることもありますが、これは、谷中(台東区)には寺が多く、持ち込まれる質草は「ころも」ばかりという意味で、天麩羅屋に比べて衣が厚いのです。

しかしながらこれにはれっきとした訳があります。 蕎麦店の天ぷらの衣が厚くなった原因は、そば汁によるものなのです。 天ぷらそばに使う汁をかけ汁(甘汁)と申しますが、これはお蕎麦に合わせられたもので天麩羅屋の天つゆに比べて醤油味が薄く作られています。
そこで衣によく染み込ませれば薄味でもちょうどよくなるだろうと言うことで厚くなったというのが真実で、種を大きく見せるためではございません。
蕎麦店の天ぷらが、にぎやかに花を咲かせた衣が決まりごとなのも、衣が蕎麦汁の中に溶けだし汁と渾然一体となることで、天ぷら蕎麦ならではの風味を生み出すためと言えます。
種を数多く食べてほしい天麩羅屋と、1杯の天ぷら蕎麦で満足して頂きたい蕎麦店の違いとも申せます。 
さて、最近はわざわざ天ぷらを揚げ置きする店は、ほとんどありませんが、昔は揚げ置きが当たり前でした。
その訳は揚げたての天ぷらは余分な油が切り切れておらず、蕎麦の淡泊な風味を損なうと考えたからです。
そこで昔の蕎麦店は高温のごま油でカラリと揚げ、時間をかけて冷まし、油の臭いが蕎麦の邪魔にならなくなってからお客様に出しました。いちいち揚げるのが面倒だった訳ではないのです。
とは言え、天ぷらはやはり揚げたての方がおいしい。現在当店でも、すべての揚げ物はご注文があって揚げ始めますし、衣は花は咲かせるものの、昔より薄めとなっております。