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2001年5月  第10話  「蕎麦つゆ」のお話 その2

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 江戸料理と蕎麦つゆ

 現在の蕎麦業界には、熱心な新規参入者によって開業されたお店を数多く見ることができます。
そうしたお店に伺うと蕎麦は実に美味しいと感じ、大変勉強になります。
しかしながら「つゆ」は今一つしっくりしない所が多く思えてなりません。
「なぜでしょう?」と考えて今回の独り言と相成りました。

「蕎麦打ち」は技術でございます。
材料を吟味し、しっかりした手法で打てば立派な物ができあがると確信しております。
しかし「汁作り」は気の毒ながら伝統であると申せます。

いま、江戸料理の伝統が継承され伝わっていれば、個々の店に無くとも、ある程度のつゆが出来上がることでしょうが、
殆ど断絶してしまった為にしっくりしない、的外れなつゆが出来上がるのだろうと推測されます。

江戸料理のポイントは、
この時代に生まれた4種の調味料「醤油」「砂糖」「味醂」「鰹節」の使い方、配合にあると教えられてきました。
例えば醤油と砂糖を混ぜ合わせた「煮かえし」は蕎麦つゆの最も大切な原液で、
この作り方・寝かせ方は正に店の伝統に他なりません。

煮かえしのお話は次回にして、
今回はよい材料を使って技術を駆使したつゆであっても失敗することもあるというお話です。

随筆「浅草春秋」の中で「数人の蕎麦好きが集まり並木の薮のつゆで、上野の蓮玉庵の蕎麦を食べてみようと衆議一決。
早々実行とまず「薮」へ行き忍ばせた徳利につゆをそっと移し、その足で蓮玉庵に行き蕎麦を注文。
しかしこれだけの苦労の結果は期待はずれ。
やはり薮のつゆは薮の蕎麦、蓮玉庵の蕎麦には蓮玉庵のつゆでなければならぬと言う結末。」
単によい蕎麦、上手いつゆと言うのではなく、
それぞれの「のれん」の背景の中で「蕎麦に合ったつゆ」「つゆに合った蕎麦」が継承されてきたと申せます。
次回は蕎麦の御三家「更科」「薮」「砂場」を例に蕎麦とつゆの相性についてお話しいたします。