2001年9月 第14話 生蕎麦の意味
生蕎麦の本来の意味は、つなぎを加えずそば粉だけで打つ蕎麦のことで「きそば」と読みます。
蕎麦切りの発祥から江戸前期においては、蕎麦といえば全てこの「生蕎麦」であり、小麦粉をつなぎに用いるようになったのは、江戸中期以降であります。ではなぜ小麦粉を加えたのでしょう? 理由の一つは小麦粉をつなぎに加えることにより、滑らかでつるつるとのど越しのよい蕎麦を打てることが発見されたため。二つ目はつながりを良くし、長持ちさせることができることに気付いたためでした。しかしそれ以前はこのことを知らなかったため生粉打ちが当たり前で、わざわざ「生蕎麦」と断る必要はなく、たんに「そば」「そば切り」と言えば良かった訳です。時代が下がり江戸中期以降は、小麦粉を加えるそばが全盛となります。小麦粉の量も次第に増え、「二八そば」が一杯十六文を表示した寛延・宝暦頃はまだしも、以降はそばの品質は低下の一途をたどり、二八そばは駄そば、つまり粗雑なそばの代名詞に成り下がってしまいました。そば打ち技術の未熟さを小麦粉の力によって補おうとした報いであります。
こんな流れの中、一部の高級店は座敷を設け「手打ち」あるいは「生蕎麦」を看板に掲げ二八そばとのグレードの違いを強調致しました。もちろんこの時代には製麺機械はありませんので、どちらも手打ちには変わりはないのですが、「精製」と言う意味であえて「手打ち」と言ったようです。しかし、幕末頃になると「二八そば」までが「手打ち」「御膳生蕎麦」を名乗るようになり、判別が付かなくなってしまいました。現在、暖簾や看板に「生蕎麦」・「御膳」と書いたりするのは 当時の悪習のなごりで、「生粉打ち」を意味するものではありません。蛇足ながら当店の【御前】は 更科一門の冠として使用する言葉で、領主様への献上の意味し御膳ではありません。
いつの時代もそば打ちの根底はしっかりとした技術の研鑽ではないでしょうか。材料の特質・利点を理解した上でそれを使わない限り、美味しいお蕎麦は出来ないと考えています。
少々宣伝になりますが、古来よりの蕎麦本来の味は「産地別生粉打ち」、滑らかなつるつるとしたのど越し感は「並蕎麦」、季節の香りを豊かに味わうには「御前更科・変わりそば」でお楽しみいただければ幸いでございます。