2002年5月 第22話 そば汁の甘辛と濃度
今月は「蕎麦つゆ」、特につけ汁についてお話致します。
「更科は甘く、やぶは辛い」と言う事実が蕎麦つゆの常識として存在いたします。
両店の差別化を目的としたこの特徴は、江戸時代より綿々と受け継がれておりますが、
違いを作った一番の理由は、二つの暖簾の「おそば」そのものの差にあります。
非常に細かい粉を使い、細めに切った「御前更科そば」や「変わりそば」を中心におく更科は柔らかな口当たりと穏やかな甘さを求めました。
一方そばの実全部を挽き、その香りを主体にした藪さんは、きりっとした冷たい辛さが一番おそばに合うとお考えになったようです。何れにしても「そばとつゆ」の相性を店の命と位置付けて今日迄きた次第です。
余談になりますが、両店の発祥の地の違いも原因ではないかと思われます。
と申しますのは、藪さんは下町上野の団子坂で、辺りは職人さんなどの町人町 。 体を動かし働けば、おのずと塩気を欲する、よって辛目の汁が好まれる。
一方、更科は山の手、武家屋敷町。のんびり一日を送れば、塩気より甘みを欲する。これも角度を変えた愉快な考え方ではないでしょうか。
さて、味の違いはあるものの、両店の共通点は「汁の濃さ(濃度)」だと申せます。
これは数ある老舗の共通点でもあります。濃厚な蕎麦つゆこそが老舗の命です。
この汁作りは、技術・伝統なくしては不可能なもので、 近年評判をとる新店もおそばに比べて汁は見劣りするものが多い気が致します。
そばつゆは、飲めない程の濃さではいけませんが、口に含み、中で転がすように味わうと、いい汁、しっかりした汁は重厚でまろやか、まったりした甘みを持っています。 薄い汁はさらさらして、おそばを浸けると薄まるばかりでなく、だし汁と醤油の一体となった重みに欠ける物です。
だし汁の味ばかりがしたり、薄っ辛い醤油の味は、駄汁の典型と言われております。
そば湯をたして味わうと、色は付いているものの、何の味もしないのがこの類のそばつゆです。
醤油と出汁の配合割合は1対3以上の醤油の濃さが、古来からの老舗の隠れた常識でございます。
「お宅はどの位」とお店の方に尋ねてみるのも一興です。
江戸そばは、やはり汁で味わうのが本道。 甘い・辛いはお好き好きですが、濃い・薄いは本物、駄物の違いとなる気がいたします。