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2004年12月 第53話  後継ぎの心得

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私ども商売屋にとっての最高の金言は「お客様は神様」です。
しかし当然の事ながら、いい神様も嫌な神様もいらっしゃるのが現実です。
いい神様を「トイチ」、嫌な神様を「ハイチ」と申します。

始まりは呉服屋の隠語で

トイチ」と言うのは、「上」と言う字を「トと一」に分解したもの、いわゆる「上客」の事となり、
「ハイチ」と言うのは、これに引っかけた造語で「下」の字を「ハ・一」に分解したこじつけです。

蕎麦屋にとっての「トイチ=上客」と言われる方は、「足繁く、ほぼ同じ時間にお見えになり、
ほとんど毎日同じものを召し上がり、時折お仲間を連れてこられる」お客様ではないでしょうか。
召し上がる物はもり1枚でも結構です。売上に寄与して頂くばかりが良いのではなく、
「本当に気に入っていただいている」と思えるのが何よりの喜びであります。
江戸の昔、100m四方に二軒あったと言う蕎麦屋の差別化はその「蕎麦つゆ」となりますが、
千差万別の蕎麦汁の中で,お客様の舌にあった味をお出しできた事が,店主の本懐であると感じています。

お客様に「美味しい」という感覚を植え付けるには味だけでなく「信用」が最も大切な要素で、有り難い事に代々蕎麦屋を家業とさせて頂いております当店にとって、多くの「トイチ」のお客様は正に神様です。

代々暖簾を受け継いだ蕎麦屋のご主人たちが口を揃えたように、

「ここ何年も親父=先代は仕事は何もやっていなくて、俺がみんなこしらえていたのに、親父が死んだ途端『味が落ちた』『味が変わった』と言われる。
親父って言うのは『三越のライオン』で、座っているだけで信用があるんだ。」と申されます。

居るだけでここまで信用を得るまでには,並々ならない努力と研鑽があることは言うまでもありませんが、
老舗の後継ぎの心得としては、信用を受け継ぐためにも、先代が亡くなったら材料をより一層吟味し、

念入りに仕事をすること。離れるお客様は仕方がないと諦め、八割のお客様が戻られたら認めてもらえたと思い、その方々を「トイチ」のお客様とし大切にする事と言い伝えられております。

店独自の味が信用と言われる「暖簾」を受け継ぐには、「親に教えられた通りにする」と言うと皆さん感心されますが、材料も変化する昨今、正しくは「親が教えてくれた通りの味にする」ことで伝統の味を守っていくことであります。これこそが、店を受け継ぐ後継者=若旦那の使命と考える次第です。
今後とも叱咤激励の程お願い申しあげます。