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2006年7月 第72話  湯通しの蕎麦

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季節とは少し離れますが、蒸籠に盛った蕎麦に熱湯をかけ、蕎麦を熱くして食べる「湯通し」のお話です。
これは蕎麦の釜揚げではなく、しっかり茹で、きれいに洗って蒸籠に盛りつけてから再度熱湯をかけ、
熱くしたもりそばのことで「あつもり」とも呼ばれます。


何故冷たいもりに熱湯をかけ、わざわざ熱くするかと申しますと、蕎麦の香りが一段と高くなるからなのです。冬の寒い時期にも「もり」を食べたいからばかりでなく、お好きな方は夏でも「あつもり」「湯通し」とご注文になります。だいたい蕎麦の香りは大変弱いもので、冷たいままですと鼻を押しつけてもそんなに解るものではないようです。しかしわずかでも熱を加えますと立ち昇ります。
もっとも蕎麦の割が少なく小麦粉が勝ったような蕎麦では小麦粉のにおいがするはずです。
ご自分で蕎麦を揉んでみないと解らない事ですが、蕎麦の香りが一番するのは木鉢で一生懸命水回しをするときで、蕎麦屋の役得でもあります。これは蕎麦が水回しによって起きる摩擦熱を受けて香りを発するものですから、同じように熱湯によって熱を加えると良い香りが立ち昇ることとなります。

しかし暖かければと言っても、「かけ」などの種物では汁の味が邪魔して蕎麦の香りは余り解りません。
冷たいお蕎麦では普通、水を切ってお召し上がりになると香りも出てまいりますが、水がしたたたるほど濡れている蕎麦は、水にくるまれなかなか香りを感じることが出来ないのではないでしょうか。
そんなところが蕎麦をひと水切って出す理由となります。

「御前更科そば」はそれでなくとも蕎麦の香りが淡いので、揚げたてでは何の香りも味もしないものです。
「湯通し」にするか水を良く切ってお食べになると甘みが出て美味しいはずです。
色物、変わり蕎麦も香りを強めに加えてはおりますが、「湯通し」にするとさらに香りが立ち、驚かれることとと思います。

ただし例外があり、「細打ちの挽きぐるみの生粉打ち」は湯通しを受け付けないと思われます。
バラバラに切れてしまうでしょう。お土産の一度水を切ったお蕎麦も、お湯をかけた途端にバラバラになるはずです。
この時期一度「もり」を「土用・寒」で召し上がってみては如何でしょうか。

「土用(どよう)」とは熱いのであつもり、「寒(かん)」は普通の冷たいもりです。
「あつもり」の汁はやはり温めてお出しします。食べ比べていただきますと、同じお蕎麦なのに違いに驚かれると思います。

この「湯通し」の正式なやり方は、普通の「もり」のように蒸籠に盛ってから、
その上にもう一枚蒸籠だけをかぶせ、そのすだれ越しに熱湯を2・3杯かけ、蒸籠を傾け余分なお湯を絞り出し、
ふたとなった蒸籠を取り去り、蕎麦の乱れを直し、蒸籠の周りを拭ってお出しいたします。