2007年3月 第79話 箸のお話
お客様にお蕎麦を召し上がって頂くのに無くてはならない物が「箸」です。
現在は消毒の心配もなく衛生的と言う事で割り箸を使う店が殆どですが、割り箸が普及する前は丸箸が使われておりました。丸箸は使用後は塩でもみ洗いをし、蕎麦釜の中で煮沸し、大きな笊に取り夜干しをして、再びテーブルの箸箱に入れる物でした。
洋食のフォーク・スプーン、中華の象牙やプラスチックの長めの箸はこのたぐいだと思います。
「割り箸」の最高峰と言えば「利休の手削り」と言われています。
これは蕎麦店には似合わぬ物で蕎麦店の多くは「元禄」と言われる上の方がやや太い割り箸が相応です。
角が落としてあったり、「天そげ」と言って上部が斜めに削ぎ落としてある物が、その中で少し上等と位置付けられいます。当店でも昭和の中頃までは「松材の短めの元禄箸」でしたが、40年以降は現在の「白楊の天そげの元禄箸」になりました。
材質でもっとも高級とされているのは「杉」で、「えぞ松」「柳科の白楊」「赤松」「白樺」と続きます。
竹も最近使われますが松や杉より材料が少ない上に加工も難しく、昔から割り箸と言うより「菜箸」の材料とされています。
一時ニュース等で「割り箸は資源の無駄使い」と言ういくつかの環境団体が取り上げられましたが、
割り箸の材料は「間伐材」や「面取り物のあまりの廃品利用」です。
わざわざ大木を切って割り箸を作るなんて事はしておりません。有効利用と言ったほうが正解に近いように思います。しかも昔は完全な使い捨てではなく、再利用されていました。
1度使われた箸を回収する業者がおりまして、行き着く先はアイスキャンディー屋であったり、べっこう飴屋であったと聞いております。
蕎麦店ではお客様に見えないところで使う箸で面白い物が2つあります。
一つは「ゆで箸」・・・ 太い竹を削った2cm角の長さ60cmの箸で蕎麦釜に入れた生の蕎麦をゆっくりかき回し、ほぐすのに使います。
もう一つは今は無くなってしまいましたが「鉄製の火箸」・・・これも家庭用の短い物ではなく太さ5mm、長さ60cm位の長い物で、薪で蕎麦を茹でていた時代の物です。この鉄箸には本来の薪をくべる使い方に加え面白い使い方がありました。 明日まで持ちそうもないかなと思った蕎麦つゆの中に真っ赤に焼いた鉄箸を入れると不思議にも汁は持つのです。 夜蕎麦屋に納品に来た問屋が、難しい顔をして蕎麦つゆに火箸を突っ込む所を見て「あれが汁の秘伝に違いない」と言った話しもございます。