トップ > 店主の独り言 > 2008年6月 第91話  かえしのお話

hitorigoto_main.jpg

2008年6月 第91話  かえしのお話

一覧へ戻る

「かえし」というのは、醤油に砂糖や味醂を加え再度煮た物を言います。
そのため「煮返し」とも呼ばれ、「蕎麦汁」の素となる液体でございます。

これがいつ頃から始まったかは定かではありませんが、18世紀の初頭ではないかと推定されます。と申しますのは、同じく18世紀初頭、江戸料理の原点ともされる「八百善」の秘伝の味付けが濃口醤油と氷砂糖であり、溶け難い氷砂糖はあらかじめ醤油と合わせて溶かしたに違いないと想像されるからであります。

江戸料理は「長崎料理」の影響を受け、砂糖をたくさん使います。
また大名の集まる土地柄から室町時代の上流料理を見習って味醂も味付けに欠くことができない物になっており、下々までこれらの食材が広まったものと思われます。

「濃口醤油」「砂糖」「味醂」それに「鰹節のだし」とくれば、これは「蕎麦汁」以外の何ものでもなく、蕎麦汁は江戸料理の基本の味と言うことになる訳でございます。ですから、忙しい料理屋さんでは「蕎麦汁にしておく」と称して、醤油・砂糖・味醂・だしを適当な比率であらかじめ混ぜ合わせ、味付けに使用したようです。

だしを入れない「かえし」は「八方汁」と呼ばれ、だしと合わせる濃度を変えることによって「煮物」から「天つゆ」・「吸い物」にまで変化させることができます。こうした「かえし」を作り、ご家庭に保存しておけば、お宅の味はとたんに八百善並になるに違いないと思います。

さて、蕎麦店の「かえし」はそもそも醤油の保存が第一の目的でした。
醤油は空気にさらすと酸化によって、色が黒ずみ、嫌な臭いになります。
ところが砂糖、味醂を入れることによってジャムやみりん干しの様に酸化を防ぎ易くなるわけです。
さらに、カメを半分土に埋め日の当たらぬ低温の場所に保管することにより醤油と砂糖が良くなじみ、
醤油の臭みをとばしまろやかなうま味になます。

当店でも「かえし」は1週間から10日間寝かし、これを経て始めてだしと合わせ汁に致します。
ご家庭でお作りになるなら、濃口醤油1リットル、砂糖200グラム、味醂200ccをガスに掛け85度まで熱し出来上がり。 冷めてから瓶などに詰め冷蔵庫で保存します。

「かえし」を味醂で2倍にのばせば「焼き鳥のたれ」

「かえし」1に、だし1,味醂1で「煮魚のベース」
「かえし」1に、だし3で「蕎麦汁」
5倍で「天つゆ」

6倍は「鍋物」

7倍は「野菜の煮汁」  

と言った具合に「八方」に変化しますので「八方汁」とも呼ばれます。だいたいこの位でまずまずの味になりますが、「うまいまずいは紙一重」、合わせの微妙な調節で味が決まります。