トップ > 店主の独り言 > 2013年3月 第113話 なぜ手打ちそばは美味しいか?

hitorigoto_main.jpg

2013年3月 第113話 なぜ手打ちそばは美味しいか?

一覧へ戻る

現在ではとかく「手打ち蕎麦」でなくては美味しくないという風潮が広まり、
皆様方のご愛顧によって育てられてきました昔からの老舗の蕎麦屋は肩身の狭い思いをしております。

と申しますのは
現在商いをさせて頂いている老舗のほとんどは昭和初期まで例外なく全て手打ちで蕎麦を作ってまいりましたが、
拡大する販売量との関係で量をさばく必要が有る老舗は、蕎麦の美味さに最も大切な「水回し」といわれる捏ねの
作業は従来通りの手のままに残し、機械で補えるところ(延しと切り)は機械に移行させて参りました。
この事によって大勢のお客様にも対応できる大量生産が可能となりました。
浅草の並木の薮さんも、神田の薮さんも、室町の砂場さんも、永坂更科布屋太兵衛さんも当店もこの類です。

さてその手打ちですが、
我々の仲間内の蕎麦店では手打ちをそのまま残した老舗や一部の手打ち蕎麦店を除き、
現在の手打ちだけを売りのもにする蕎麦屋は決して美味しいとは思っておりません。
とは言えお客様の評価は内容はさておき圧倒的に総手打ちの方が高い評価の昨今です。

こうなった理由は、昭和
30年ごろにポツポツ現れ始めた手打ち蕎麦屋が、
従来の蕎麦屋に比べて圧倒的と言っていいほどの美味しいお蕎麦を再現した事が始まりです。
ストレート言えば、その頃の普通の蕎麦屋の蕎麦は蕎麦とは言えない代物だったのです。
戦後の食糧事情の悪い中、うどんの委託加工をしていた影響でそば粉が手に入るようになっても小麦粉が5割、
7割といった蕎麦を供給しており、そうでもしないと蕎麦が長くつながらないという技術不足がその原因であります。

我々が手打ちで用いる「木鉢を使う技術(大きな鉢に蕎麦粉を入れて水と合わせる)」が無いため、
混合機であっさりと水と粉を混ぜ機械ロールのもの凄い力で板に固めたコンクリートのような蕎麦しかできない
蕎麦屋がほとんどになってきたのがこの昭和30年頃だったのです。
我々老舗にとってはこの違いが蕎麦の決定的な違いを生む事を解っておりますので、この頃も今も機械で延ばし、
切ってはいるものの大切な混合作業は手による木鉢こねになる訳です。それ以外は蕎麦作りの辞書にないのです。

新たにそば店を開業しようとする人が美味しい蕎麦を売っている店は例外なく手で捏ねている事を知り、
原点に戻り手で捏ね、手で伸ばし、手で切る「総手打ち」を行い
それが評判となり大成功と言う手打ち蕎麦店が増えてきた流れが今に繋がっているように思います。

老舗の旦那衆が口を揃えておっしゃるように、丁寧な木鉢の技術が蕎麦の命なのです。
手打ち蕎麦だから美味しいのではなく良い木鉢の技術でないと美味しくないのがお蕎麦です。
手打ちと言うだけで不揃いな太さや蕎麦とは言えない短さのお蕎麦を美味しいと言うのには苦笑してしまいます。
良い木鉢のお蕎麦はそば汁を程よく吸い込み、しっかりつながった腰の立ったふんわりしたお蕎麦の事です。
現在の東京にはのれんを横断してこの木鉢の技術を大切にしようと集まった
「木鉢会http://www.kibati-kai.net/」と言う老舗の集まりがございます。