2021年3月 第154話 商家の家訓
未曾有のコロナ禍が全世界を襲って1年数か月が過ぎようとしています。大げさに言うと人類の存亡をかけた医療の戦いが続く中、経済においても新たなるビジネスモデルが多方面で模索されています。我々蕎麦屋にとっても大きな変革を求められる時代なのかもしれません。先人曰く「隗より始めよ」とばかりに、原点に戻って古い暖簾を受け継ぐ商家の生業に対するモットー(理念)を調べてみました。江戸っ子と呼ばれる人々の起源が大店の旦那衆であったというお話を前回致しましたが、現代に続く老舗ブランドを築いたこれらの名店には創業者から代々伝わる家訓があったという話はつとに有名です。江戸の商人の堅実かつ誠実な経営方針は現代のビジネスにも通じる哲学があるように思えます。今回はその一端のご紹介からスタートです。
三越の前身越後屋の三井家には、「商いの道、何においても新法工夫致すべし」と商売の創意工夫を促し、
三菱の創始者岩崎弥太郎氏は、「創業は大胆に、成功後の守りは小心なれ」と堅実性を重んじ、
安田財閥には、「勤なると共に倹なれ」と勤勉と倹約の精神が、
キッコーマンの茂木家は「損せざるをもって大いなる儲けと知るべし」、
高島屋の飯田家も「客を欺かず、薄利に甘んじ、客に得をさせついでに自分も利益を得る」といわゆる自利利他思想を説いておられます。
この様な各店の経営理念が時代や業種の枠を越えて、社是や企業理念に姿を変えて現代まで引き継がれているのように思えます。ここにご紹介した代表的な名店でも家風によって内容は様々に思えますが、共通しているのは第一に「顧客本位の経営」を心がける事、インチキな商売をせず、むやみな利益追求でもなく、誠実な商売をして顧客に喜んで頂き、それによって自らも利益を得ると言う方針が言葉を変えて謳われていると感じます。第二は、バブルを経験した日本には耳の痛い話ですが、専門外の商売に投機することを戒めている事がどの商家も共通しています。本業から逸脱することなく地に足を付け、身の程をわきまえ慎重を旨とする事で始めて一商家が豪商・財閥と呼ばれる存在になったのだと思います。そして第三の共通命題は「社会貢献」であったように思えます。国のため人のため、商売を通してお役に立つという志があった事がうかがえます。昨今取り沙汰されている「CSR=企業の社会的責任」が江戸にも存在していたのは素晴らしいことです。当店にも「お客様を大切にいつも変わらぬ製品を気持ちよくお食べいただきましょう」と言う訓が先代より諭されています。お恥ずかしいことに教えに反してお叱りを受けることもありますが、一層身と心を引き締めて精進する覚悟です。お気づきの事があればどしどしご指摘いただければ幸いに思います。リモートワークをはじめとする非接触型の世の中が展開される中、飲食業はどうあるべきかを受け継がれてきた家訓をベースに考えていく事が2021年の大命題となりました。