2022年5月 第178話 芝百年 暖簾の物語
江戸の端唄に「芝で生まれて神田で育ち(中略)今じゃ火消の纏(まとい)持ち・・」という唄の文句があります。
火消しの纏持ちは勇み肌の伊達男の象徴であり、義理に厚くて情けに弱い江戸っ子の代表的な姿です。
そんな粋な男衆を生んだ風土がここ「芝」にあったと言えます。ご存知の様にこの「芝地区」は徳川将軍家の菩提寺増上寺がある事で周囲には多くの末寺と、将軍家の菩提寺を守る目的で徳川譜代の大名家の上屋敷が集中しておりました、さらにそこに天下一の街道である東海道が通る事で商いが栄え商人町が立ち並び、寺社・武家・商人が混在した町割りとなる江戸市中でも珍しい地域であったと聞き及びます。そんな背景の中、この「芝」の地で古くは江戸の元禄時代から大正時代の初期までの間に産声を上げた創業百年以上の伝統を有するさまざまな業種の古い暖簾の商家が集まり、平成28年(2016)に「芝百年会」なる会を結成させて頂きました。
芝で生まれ芝で育った「芝っ子」が親から子へ、子から孫へと家業を守り育て、代を重ねて今日に至り現在28軒がその名を連ねる会となりました。この度は「芝の地」と「芝で生き続ける暖簾」を芝で生まれ育った私たち当代の当主や女将がその体験や思い出を通してご紹介させて頂く事で、これまでお伝えしきれていなかった一歩踏み込んだ芝の魅力を皆様にお届けしたいと願い「芝百年:暖簾の物語」という本の出版をさせて頂きました。この記録は単なるガイドブックとは一味違った地元の情報や会員店所有のお宝写真や浮世絵なども多数掲載した事に加え「老舗とは何か?」と言った文化論的な考察も一つのテーマとして本の構成を致しました。
さらに手前勝手とは思いますが、それぞれの暖簾を引き継ぐ次代の後継者に対し、墳墓の地であります芝と言う土地に関する伝承と覚書になる事にも期待を込めております。百年会の会員はこれまで築いて参りました暖簾だけに頼るのではなく、お客様本位の商いの精進によって得た信用だけが家の宝と肝に命じ、この芝の地にしっかりと足を付け、伝統を守りつつ新たなる事を目指す努力を続ける所存でございます。「芝の地」と「芝の暖簾」が皆様のお心の内に細くとも長くお蕎麦の如く留め置かれる事を心から願い発刊のご案内をさせて頂きました。会員店におきまして有料での販売となりますが、ご興味がございましたら是非お手元において頂ければ幸いです。