2023年7月 第184話「伝統とは」
2023年7月は当地芝神明が舞台になった通称「め組の喧嘩」正式名「神明恵和合取組」を珍しくも成田屋市川団十郎が演ずるとあって久々に歌舞伎座に行ってまいりました。
2013年4月に完成した5代目となる現在の歌舞伎座であるが、旧さと新しさを兼ね備えた見事な建築で今後100年の歌舞伎を支える大きな舞台となると万人が感じる次第である。1階席の柱や2・3階席からの死角の無い設計や、座席のスペースは広がったものの、花道の長さや幅に始まる舞台の大きさや、飾り提灯の間隔や数まで旧のままと聞く、正に伝統の「歌舞伎座サイズ」の再現が綿々と繋がる芸の踏襲に必要不可欠なのだと推察する。我々蕎麦屋の世界でも基準となる大きさや長さや量目は古くからの踏襲が殆どであり、丼の大きさ・せいろや猪口徳利のサイズ・蕎麦を茹でる釜の大きさや麺の伸し棒・蕎麦切り包丁の長さまで、いまだに古くからのサイズ(しかも尺貫表記)がまかり通っています。さすがに現代の計りはg表示の道具なので材料の分量は換算して伝えていますが、口伝の単位は昔のままです。
さて私事ですがこの十年何度か歌舞伎座にも足を運び名跡役者達の至芸を拝見させて頂きました。
富十郎・芝翫・雀右衛門・勘三郎・団十郎と言う大名跡が相次いでこの世を去った歌舞伎界ですが、立派な後継者(息子)によってお家の芸と伝統が受け継がれている事は歌舞伎ファンとしても嬉しい限りです。親が子に師が弟子に家の芸や技を伝えていくには長い時間と厳しい指導と稽古が有っての事でしょうし、名人の所作や表情や言い回し等の寸分違わぬ継承には正に伝統芸そのものを感じます。
その反面亡き勘三郎さんがニューヨークや平成中村座・コクーン歌舞伎で、団十郎さんがパリ公演で取り組んだ新しい時代への適合も新たなる伝統を作る大きな潮流だと思います。外国語での台詞、NYでは時代を超えたゾンビや警察官の登場、はたまたパリでは花道の無いオペラ座での公演等々「伝統は革新の連続」であり「伝統は創るもの」だとつくづく思い知らされる次第です。
蕎麦店にとっても店・家の伝統に関しての伝承方法や金言はこれと同様で、教わったまま昔と同じ事だけやっていても伝統とはなりません。我々にとっての伝統は変えない事では無く、ご贔屓様に好まれた味を変えずに提供する事ではないかと思います。
材料の変化は味を変えます、変わらぬ味の為には新たな調合の技が不可欠となり、その為の技や舌の研鑽が後継者が生まれた時から施されている先代からの教育です。「伝統は守るべからず創るべし」と教えられてきた事が老舗にとっての伝統なのかもしれません。
歌舞伎も蕎麦屋もご贔屓様が一番の宝物です、変化にお気付きになるのも伝統を感じて頂けるのもお引き立て頂き長いお付き合いのご贔屓様です。どうぞ相変わりませぬ叱咤ご意見を頂ければ幸いです。