2007年7月 第83話 通人の食べ方
前回蕎麦通のお話を致しましたが、蕎麦通の食べ方といえば「三たて」と言われます。
今回はその三たての一つ「茹でたて」とは正反対の食べ方のお話を致します。
先日当店に来られたジャーナリストの方に「生粉打ち蕎麦」を召し上がっていただいた時、完全に水が切れるまで待っていただきました。その方は、「せっかくの蕎麦が駄目になってしまう」と内心はらはらされていたそうですが、食べてみると「カルチャーショック!」と感想をもらされ「蕎麦がこんなにも甘いものとは知らなかった」とおっしゃられました。この時やっていただいた食べ方が昔よく目にした「通人」の食べ方の一つではないかと思います。要はそばに付いた水を十分に切って食べる食べ方です。
芭蕉の「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」の本句取りで「目と耳はタダだが、口は高いなり」と言う川柳にもあるように、昨今食べ物を口ではなく、目と耳で召し上がる方が多数派を占めるようになりました。
これも大切な事ですが、やはり食べ物は本当に美味い状態を知っておく事も粋なことではないでしょうか。
「通人」の水の切り方を参考に、隠れた美味さを知る方法をご紹介します。
まずもりを1枚注文され、一緒にお酒も注文し、1杯やりながらせいろの蕎麦の水が切れるのを待ちます。
ただ待っているだけではなく、ときおり箸でせいろの蕎麦をひとちょぼつまみ上げて、スダレの上にハラリと落とし蕎麦をバラしておきます。そうしていいかげん表面が乾いてきたら「もりをもう一枚」と注文します。
食べてもいないのにもう一枚と言われ、蕎麦店は変な顔をするかもしれませんが、すましているのが「通人」の通人たるゆえんです。
蕎麦店側も気を利かして「お取り替えしましょうか?」などと言うかも知れませんが
「いいや、いいんだ」と返事をして下さい。そして、もう一枚の水がしたたるもりそばが来たところで汁につけず両方を食べてみて下さい。きっとそれぞれの味がはっきりお解りになることと思います。
それぞれの美味しさ、初めて出会う蕎麦の味がお楽しみ頂けるのではないでしょうか。
これは蕎麦店としても大変怖いことで、水を切っているうちにちじれてくるような蕎麦は、下手な作り方と言うことになるのです。失敗を隠すためにみずみずしく濡れたままで食べさせてしまおうとは決して考えておりませんのでどうぞご安心の程を。だいたい茹でたての蕎麦は表面が水に覆われていますので、香りも味もしないと思います。するのは水の味と言うところでしょうか。ですから水が良くないと美味しくないと言うのには一理あるかもしれませんが、これも良い水でないと美味しくないと言う宣伝の方が強い気がします。
いい水とされるのはアルカリイオン水ですが、煮物に適するのは「弱酸性水」で煮汁に梅干しや梅酢を加える古来よりの生活の知恵とは逆のお話です。アルカリイオン水は煮物に使うと硬い茹で上がりになる気がしました。 通人が増えると、うかうかしていられないと身が引き締まります。