2008年10月 第92話 江戸のそば汁が黒い訳
関西の方に「関東のそば汁は真っ黒だ」と度々お叱りを受けます。
関西にもそば店はたくさんありますし、私の存じあげている限りそれらのお店のそば汁も関東と同じ位の色をしています。うどんの汁と比較しておっしゃるのだと思いますが、うどんと蕎麦は汁が違うと言うことではないでしょうか?
ならばなぜ違うのでしょう。
黒い色の原因はもちろん醤油ですが、汁と作る際に使う醤油の量が違うのです。
関西では醤油より昆布の方が歴史的に先に使われていた伝統で昆布を使いますが、関東では江戸以来、醤油に加えるだし汁は鰹節の単品と決まっています。
ご存じのように昆布の旨味はグルタミン酸であり、鰹節の旨味はイノシン酸ですが、醤油には昆布の5倍を越えるグルタミン酸の旨味が含まれています。 関東では、旨味の要素として醤油をたくさん使うので昆布の入る余地がないのです。あえて昆布を入れると味の調和を損ない、傷みを早めるようです。
昆布は全体的にだし気が少ないというか濃厚でないので、旨味のバランスを取るパートナーである醤油も少ない分量でバランスが取れ、関西では全体が薄い色になると考えられます。
さらに、関西では「淡口醤油」が主流です。
これは「うすくち」と言っても色と旨味成分が薄いだけで、塩分は濃口醤油17% に対し20%を含むので、
余計に塩気が増し、結果的に量を少なく抑えなくてはならなくなります。
これらの理由が重なり、関東は色濃く、関西は淡い色になるのです。黒い色は見た目から塩分が多い気がしますが、淡い関西風も、濃い関東風も実は塩分量は同じなのです。
通常、うどんは塩分20%の醤油を10倍に薄めて出汁に、蕎麦は塩分17%の醤油を8倍に延ばして出汁にしますので、両者とも出汁の塩分濃度は2%なのです。
塩分はその摂取量に比例しますが、蕎麦店での塩分摂取量は上手くしたもので、一番塩分が多いと思われる濃い汁には落語でもお馴染みのように、蕎麦の下にチョコッと付けて食べますし,徳利や猪口に入ってる量も少ないはずです。
塩分を控えめにと気遣われていらっしゃる方は、減塩食品をたくさん食べるより、美味しい味付けをしたものを少し召し上がる方が良いように思います。塩分は料理の味付けの最も大切な要素ですが、それ単体では辛すぎて取りにくく,塩気を感じさせないようにするのが料理の技術だと思います。
関東の蕎麦店もその点を考えると、近い将来現在の「濃口醤油」を旨味・塩分はそのままですが、色だけ薄い「薄色醤油」に変えるときが来るかもしれません。個人的には、こうなったら蕎麦のイメージは全く別物になるような気がしています。紅茶より少ないカフェインにもかかわらず,濃い色で気が引ける深い褐色のコーヒの色が変わってしまうのと同じように。